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雨月のブログです。BLサイト「イチゴウニゴウ。」運営中。

   

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真田丸 総括

堺さん主演、三谷脚本で真田幸村をやると聞いた時、正直私の中で微妙な空気が流れました。

まず堺さん。私が抱いている幸村(不器用で愚直な男)のイメージじゃないんですよね。
なんていうか、堺さんは弁の立つインテリ、軍師あたりが似合うという印象だったので、「軍師官兵衛」の岡田さん(武闘派爽やか好青年)と役を取り換えっこしてほしい。そしたら両者イメージばっちりなのに! と、「軍師官兵衛」見てた頃常々思ったものでした。

そして、三谷脚本。こちらも正直「う~ん」でした。
私、「新撰組!」を見ていないのですが、最終回を見た友人から聞いた「近藤さんが皆に『よく頑張った!』と拍手喝采されながら切腹した」という情報に……「幕府の犬!」だなんだと罵声を浴びせられながら斬首。それが近藤勇だろう! と、憤慨したことがあったので。。。

私と滅びの美意識が違う方の脚本で描かれる、これまた滅びの美学である幸村。果たして楽しめるのかと。
 

まあでも、ちゃんと歴史好きな方の脚本なんだから「花燃ゆ」よりは確実に楽しめるはずさ! という期待(?)の元、視聴を開始したわけですが……


>web拍手レス
12月21日17:18  kou様 
いつもコメントありがとうございます。年賀状、やっぱり紙で欲しいですよね。本当は昔みたいに全部手書きで送りたいんですが、なかなか……ですが。大河最終回、なんであんな感じになってしまったのか。。最初の野武士たちは、真田丸のパロ番組の真田十勇士の人たちらしいです。分かる人たちは盛り上がったみたいですが、知らない我々にしてみれば、「何なの? この人たち??」状態。こういうのはやめて欲しいですよね。特に、幸村主役で真田十勇士を使ってとか。。。秀頼は最後までいいとこなしでしたね。「幸村たちを信じる!」→「ええ? そう? じゃあやっぱやめる」これを何度繰り返せば気がするのか。茶々や大蔵卿たちもそうですが、おっしゃるとおり、豊臣家を滅ぼしたのは他ならぬ本人たちというのはよく出ていましたが、この人たちのために忠義を尽くしたいかと言われるとねえ。。。昌幸パパ中心パートが面白かっただけに、残念ですね。。。





結論から言えば、前半、昌幸中心パートは、ここ最近の大河ではかなり楽しめました。


確かに、気に入らないところはたくさんありました。


・主人公が私のイメージする幸村と全然違う(私のイメージ:不器用で愚直。武人。がっしり系。真田丸の信繁:何事もそつなくこなす弁舌家にして自信家。インテリ。優男)

・というか、主人公周りはぷち「江」ワールド(皆、主人公大好き。やたらと主人公を「面白い」「素敵」と褒め、優しい。なぜか主人公にだけ、胸の内をぺらぺら喋る。主人公ageのための脇役sage(最大の被害者:兄ちゃん)どこへでも現れるなど等)

・史実重視! とか言いながら、かなり改変している。

・大事なところで茶化す。軽い。時々全然笑えないギャグを飛ばす(ババ様の「ああ? お前のつまんねえ話は聞こえん!」なんか、笑えない通り越して不愉快)

・滅茶苦茶な展開がある(梅の死に方。室賀暗殺事件)

・戦シーンがしょぼい(OPの迫力騎馬隊シーンは何だったのか)

・個人的に、女性陣キャラが軒並み嫌い。特にきり。なんだ、あの「江」を侍女にした感じのキャラ。などなど



それでも、草刈昌幸というキャラと、このキャラを主軸にした話運びの面白さに、「まあいいか」状態に。


近年の大河主人公サイドは、「戦は嫌いだ」「早く太平の世が来てほしい」と願うことが常でしたが、昌幸は真逆。

太平の世なんざ糞食らえ! 乱世最高! 戦最高! ヒャッハー! おまけに、平和過ぎると衰弱死してしまう生粋の戦闘民族にして、

謀略上等! 勝てばよかろうなのだァ―ッ! と、善人を騙してぶっ殺することも、実の息子たちを嵌めることも屁とも思わない。
浮気もするよ! 息子に罪をなするよ! おまけに、息子が嫁を欲しいと言ったら、「人質が増える。やった!」って喜ぶよ!

これマジで主人公サイドが行う所業か? と思う悪行の数々。なんという外道! だが、それがいい!

(どんなに滅茶苦茶やろうが、人でなしだろうが、なんか憎めない。そう思わせるよう魅力的に演じた中の人の功績も十二分にあると思うんですが)戦国大名なんて大なり小なり皆こうだよ。てか、こうじゃないとあの時代を生き残れない。
という証明とばかりに、他の武将たちも生き残るのに必死。

気弱で人のいい家康さん。「北条家」に誇りを持った気位の高い氏政さん。エンジェル景勝。
(この御三方もかなり情けなく描いていたけれど、中の人たちが芸達者。またはその分参謀がしっかりしていた。そして、それぞれ御家のために懸命に頑張っている描写があったので、そこまで気にならなかった)

皆目まぐるしく変わっていく時代の中、それぞれ知恵を振り絞って頑張っていた。そして、ちょっとでも判断を誤った者は簡単に嬲り殺されていく(ぬっくん、室賀さん等……切なくも、天晴れ(?)な最期でした)

そんな主君に惚れ込み、尽くす参謀がまた魅力的でした。

信尹叔父さん、近藤正信、江雪斎、兼続……叔父さんと正信はもう、このドラマ内でトップクラスで好きなのですが、一番感慨深かったのが何といっても兼続!

「斬り捨てますか?」を、コンビニ店員が「温めますか?」と尋ねるくらいのノリでさらりと言ったり、「俺は愛なんざ欠片も持ち合わせちゃいねえよ」と言わんばかりの冷徹顔で被った愛の兜! そして何より、事務的なことしか言っていないのに、迸る景勝愛。もうたまりませんでしたね。


正義も悪もない。ただ御家のため、愛する主のため、野心のため邁進するのみ。

昌幸を中心としたこのわちゃわちゃした感じ、とても好きでした。ぶっちゃけ、昌幸主役で若いころから見て見たかった! と思うくらい。

それから、色々な形で描かれた「二代目の悲哀」もよかったですね。

普通なら、スルーされる。または先代に劣る馬鹿で片付けられていた面々……勝頼様に始まり、信忠、秀次。

中でも、勝頼様は特に素晴らしかった。たった二回しか出てこなかったけれど、あの哀愁、品の良さは格別。
できることなら、お父様に信玄公をやっていただいてのスピンが見たいと思ったくらい。もうその夢は叶わなくなってしまったけれど、とにかくよかった。


あと、私の想像を遥かに超えてよかったのが、兄ちゃんの中の人。

主人公を引き立てるための残念描写が多かったり何だりしたけれど、ふとした瞬間見せる表情、発声は非常に凛々しく、格好よくて、温かくて……ちょっと失礼な言い方ですが、こういうシリアスで男前な演技もできるんだなあと驚きました。

なんだかんだ言って、思い返してみれば兄ちゃんの好きなシーンいっぱいある。
(幸村と二人で語らうシーンは大体好きですね。弟を慈しむ兄貴感がとてもよく出ていたし、幸村も陰で「俺のほうが兄貴より上」とか言っていても、兄ちゃんの前ではただの甘えん坊な弟になっていましたからね。微笑ましくてよかった)

こういう、「龍馬伝」においての武市さん効果をまた味わえるとは思わなかったなあ。
今度はぜひ、ひたすら格好いい役を演じていただきたいものです。

他にも、やっぱり飄々佐渡素敵! とか、叔父さん渋過ぎ素敵! とか、茂誠さんのほんわかぶりとか、クールで格好いい大谷さんとか……と、こんなふうに、いいとこ挙げて行ったら次から次へと出てくるんです。

キャラや話運びを好きになれば、多少の粗は目を瞑れる。


その真理をしみじみ思いつつ楽しめた……のですが、幸村が昌幸の元を離れ、大坂へ行ってからがねえ。。。

・大坂城へ行ってから、とんでも展開が増え過ぎた(秀頼の介護をする幸村とか)
・言ってることのスケールは大きいけど、基本は我が儘な秀吉のご機嫌取りに終始した密室劇で、前半の戦国ならではの躍動感が皆無になった。
・幸村の活躍のさせ方が無理矢理&酷過ぎた(氏政の説得を家康に頼まれるとか、大坂の陣で幸村を総大将ポジションにしてしまうとか、牢人衆たちを全員おバカなモブにするとか)
・史実に添わせるため、幸村が失敗ばかり(特に、大阪の陣編での失態の数々は酷過ぎる)
・最後までシリアスを貫けない。無理矢理にでもギャグパートをねじ込み、色々ぶち壊す。
・というか、最後のほうは支離滅裂。というか、脚本家さん、幸村のこと好きじゃないだろ。昌幸描写に比べて、なんだ、あのう○こ描写h…
 
 
などなど、色々理由はありますが、まあ破たんや矛盾があったのは最初からのことなので、それ以外で駄目になった理由を考えるとするなら、やはり……最初に危惧したとおり、「幸村の人物設定」と「私と脚本家さんの、滅びの美学に対するツボの違い」だったのかなと


まず、幸村の人物設定。

言動全てが「自分に期待してくれる相手のため」

思い返してみると、この主人公がしたことの大半は、誰かからの命令か頼みごとで、自分の意思で何かをしたことはほとんどありませんでした。

常に、相手が望むとおりに振る舞い、受入れ、行動する。

真田家を離れて他家へ人質に行けと言われれば行く。クレーム係みたいな仕事をやれと言わればやる。武士としての尊厳全てを捨てて田舎に引込めと言われれば、普通に馴染んで畑仕事や商売に勤しむ。
 
嫌がる素振りもほとんど見せない。執着も見せない。というか、そもそも自分の気持ちを言わない
最初の頃は、多少言っていたんですけどね。大坂に行ってからはほとんど言わなくなりました。
言うのは、相手が言ってほしい言葉だけ。自分の意見を通したい時は策を弄するばかりで、腹を割って相手と話そうとしない。

なぜ自分の気持ちを話そうとしないのか。本当の自分を晒せない性分だから。そういう描写も面倒なほど、脚本家の主人公への愛がなかったとか、色々ありそうですが、この人の筋金入りの「しずかちゃん気質」も理由の一つじゃないか? なんて。

最初からそうでしたが、この主人公「この人、私がついてなきゃ駄目だわ」と思わせるような人ばかり、やたらと好きになる。
(兄ちゃんより俺のほうが秀でてるから、しっかり支えてやらなきゃなあ。みたいな調子で、景勝、秀吉、三成など、彼らの弱い部分を垣間見、頼られた途端、俺が助けてやんなきゃ! って、俄然張り切る感じだった)
気分は保護者……悪く言うなら、相手を下に見ているから、相談するって概念がないのかなあ。とか、思ってみたり。
 
でも……慰めてあげたい。励ましてあげたい。で、終わっちゃうのが性質悪い。
(三成や秀頼に対しては、特にそう。三成「どうしてみんな僕の気持ちを分かってくれないんだ!(泣)」幸村「大丈夫! あなたは何も間違ってないわ! 悪いのは全部家康!」だったもんなあ。で、相手は「そうか! 俺は間違っていないのか!」とマイウエイを驀進し破滅)

全ては、自分を頼りにしてくれる人たちに導かれるままの人生。
(大坂城行きを決意したのも、結局亡き父や茶々たちに応える形でしたからね)

だからなのか、この主人公の言動からは熱や切実さが感じられない(言動も願望も全て、自分のものじゃない借り物だから、無様な姿を晒すほど必死になれないし、執着もない。失敗しても気にしない。ぶっちゃけその場だけ丸く収められれば後はどうでもいいし、

真に誰かと心を通わせている気がしなかった
(ただ相手に口裏を合わせるだけで、誰にも本音を言わなかったし、相手に嫌われてでも相手のためになる進言をしようとしなかったし、感謝の気持ちも薄い。おまけに、誰が死のうがドライ)

(唯一、兄ちゃんだけは弟が本音で話せない性分であることを見抜いて、本心を察してくれている。と、描写されていましたが、最後は八木さん浮気コントなどでぶち壊しに)

大坂の陣編は、それが顕著に出ていた気がします。
・茶々や秀頼、牢人衆たちが望む言葉ばかり声高に口にはするものの、ここまで来ても自分の本心は誰にも口にしない(きりへのチューも最期だから望みを叶えてやった感じだったし)
・全力を尽くさない(このドラマでは、幸村を総大将ポジにつけてしまったので余計にそう見えてしまった。最終回、家康の首を何が何でも取らなければ! と言う割には、家康を目の前にしてもくっちゃべり、好機を逃してるし)

そう考えると、家康に「愛する者のためにお前を殺さなきゃならない!」と訴えずにはいられなかったのも、最後に浮かべた、何かから解放されたような安堵の表情、幸村が自害した後誰のその後も描かない演出も、何か哀切な感情が滲んでくる。

「あなたの幸せなんかどうだっていい。あなたに助けを求めている人がいる。だったら行くしかない(byきり)」という……愛と勇気だけしか友だちがいないアン○ンマンみたいな宿命を背負わされた男の悲哀と言いますか。
(は! では、このドラマの最初の煽り文句(愛と勇気の旗を~)は、これを暗示していた?!)

……なんて、精一杯好意的に考えてみましたけど(笑)でもなあ……じゃあそれは家康が言っていた、戦国の世でしか生きていけない戦人の悲哀かっていうと、私はそうは思いません。

というか、そもそも……この主人公が、戦国の世でしか生きられない戦国武将、ましてや「日の本一の兵」になど到底見えない。

まあ、戦国武将の定義って人それぞれだと思いますけど、私のイメージとしては、「戦国武将は、自分より強い者にこそ惹かれる」
 
このドラマのように、相手の人間臭い弱さを垣間見て、しずかちゃん気質をくすぐられて惹かれるんじゃなく、かといって単純に権力を持っているからと言うことでもなく、卓越した知略。武功。意思の強さ。度量の大きさなど、自分では到底敵わないと心の底から敗北した時、初めてその相手に惚れ、敬愛するのではないかと。

幸村が父や兄、景勝たちを心から慕ったのも、そうだったんじゃないかな? で、いつか自分も彼らのような立派な武将になることを夢見ていた。

だからこそ、己自身の武功を何一つ立てられないまま九度山に押し込められたのは、彼にとっては地獄の日々で、このまま何もなせぬまま死んでいくのかと、絶望に打ちひしがれていたと思うんですよ。

そんな自分が必要だ。助けてほしいと手を差し伸べてくれた豊臣家。
ぶっちゃけ、幸村が豊臣家への忠義に目覚めるのはここでよかったと思うんですよね。このまま朽ち果てていくしかなかった自分に、再び武将としての道を与えてくれた。それだけで、全てを懸けるには十分。

兄上、どうぞお許しください。私も兄上や父上たちと肩を並べられる武将になりたいのです。どうか、真田家を守りとおしてくださいませ。と、謝罪と祈りを胸に参戦。

上からは牢人風情が!と相手にされず、自分の手の届かないところで、次々と物事が決まっていってしまっても、再び武将としての生を与えてくれた豊臣家のため、己が武功を天下に轟かせるため……生きるか死ぬか。そんなことまで考えが及ばないほど、ひたすら戦い抜いた。

……なんて、己の確固たる信念、夢に命を燃やし、大坂城とともに燃え尽きた……内野家康が言うように、戦でしか己の証を立てることができない男の生き様を見たかったんや!!(絶叫)

それから、脚本家さんが力を入れて書きたいと言っていた、滅びの美学もねえ。なんか違うんですよ。特に、茶々と秀頼の描写が(牢人衆の描き方も酷かったけど。。。)

確かに、彼らは愚かだったかもしれないけれど、思わず跪きたくなるほどの品格や、豊臣家の人間であるという誇り。気高さがほとんど感じられなかったのがなあ。あれじゃ、悲哀も何も感じられないっての!

 ということで、私の好みの問題等で最後はかなり大失速してしまいました。うーん、最初はとても楽しかったんだけどなあ。残念。

来年はどうなるかなあ。。。
資料が少ない、女性が主役と言うことで心配な気持ちもありますが……どうなることやら(ガタブル)
 

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